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Nikkei Brasileiros! vol.9

ヒカルド オオタケ(デザイナー/キュレーター)

 日伯交流100周年企画
後援=在日ブラジル大使館
協 力=AMERICAN AIRLINE

Photoraphs & Text by Mizuaki Wakahara(D-CORD)
Directed by Ryusuke Shimodate
Edit by Tomoko Komori

Camera Assistant by Yayoi Yamashita
Coordinated by Tamiko Hosokawa (BUMBA) / Erico Marmiroli


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2008 年、地球の裏側ブラジルへの移民がはじまって100年の月日が流れた。今では150万人を超える日系人が暮らしている。 南半球最大都市サンパウロへ「japon」に会いに旅にでた、日系ブラジル人ポートレイト集。

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2008年10月9日

 オオタケ一家。ブラジルのアート界で彼らを知らない人はいない。ブラジル現代アートの巨匠、大竹富江さんを母に、東京のブラジル大使館公邸や今回の取材が行われる『トミエ・オオタケ・インスティテュート』の建築などに代表される著名な建築家フイ・オオタケを兄にもつ次男ヒカルドは、現在『トミエ・オオタケ・インスティテュート』のジェネラル・マネージャーを務めながらブラジルのアート界全体に様々なかたちで貢献している。
 サンパウロの心臓部を横断しているパウリスタ大通りを車で走ると必ず目につくド派手な建物がその『トミエ・オオタケ・インスティテュート』で、僕は今回の旅の初日にタクシーの車窓から写真を撮っていたが、まさか取材のために自分が来ることになるとは思ってもみなかった。
 いかにもブラジル建築らしい、遊びゴコロのあるハッピーな空間を抜け、ヒカルドの待つ、彼の書斎まで秘書の方に案内してもらった。彼の第一印象は怪獣。巨漢で表情豊かに大きな太い声でよく笑う。歩き方も特徴的で足をひきずるようにしながらのっそのっそと歩く。足の踏み場も無いほどにあらゆる本が積まれ、ウルトラマンに登場する怪獣がビルの隙間から見えるように、ヒカルドも本や棚の間に見え隠れする。
 大きな声で大きな手と握手してから、しばらく世間話をしながらコーヒーをいただいた。
 人懐っこい感じで、何か発言するたびにお約束の爆笑をする。僕らスタッフは瞬く間にヒカルド・ワールドへ引き込まれ、彼の大ファンと化した。
 はっきり言って普通ではない。一般的によく〈ちょっとイっちゃってる人〉と言うが、まさにそれだと思う。
 そして頭がとてつもなく良い。それを説明するのは僕の文章力では難しいが、こちらのことを何でも見透かされているような恐さがある。しいて言えば、キューブリック監督の『シャイニング』のジャックだろうか? 我ながら良い喩えをしたかもしれない。


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 そんな怪獣はどんな発言をするのだろうか? 生い立ちからインタビューをはじめた。まず面食らったのが、ポルトガル語、英語、日本語をごちゃまぜで話しはじめたことだった。2、3質問した後、訳のわからなくなった僕らはポルトガル語に統一してくれるようにお願いしたが、結局最後まで続くことになった。
 短期滞在の予定でブラジルに来た母トミエさんは、戦争がはじまったことによって日本に帰れなくなり、後に子供ができたことをきっかけにブラジルで〈ブラジル人として〉生きていく決心をする。まず、この時点で一般的な日系ブラジル人の1世とはまったく考え方が異なる。出稼ぎ目的の日系移民たちは、いつか日本へ帰る日を夢見ながら、日本人として日系コミュニティーの中で生活する者が大半だったからだ。
 2人の息子をブラジル人として育てようとしたトミエさんは、「ブラジル人になるには大切なこと!」と言いながら子供をカトリック系のブラジルの学校へ通わせた。中学以降も現地の公立で過ごしたため、ヒカルドは日系人と全く交流することなく育っていく。また、母から日本について何か教えてもらったことも、一度たりとも無いそうだ。


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 グラフィックデザイナーを仕事として選んだことは、完全にアーティストの母と建築家の兄の影響だという。デザイナーとして経験を積み重ねていくうちに、ブラジルのアート界のと結びつきも強くなっていき、70年代に入ると文化施設のプロデュースなども手掛けるようになり、サンパウロ州文化長官を経て、現在に至る。

 そんなヒカルドに、ルーツ日本への想いは何かしらあるのだろうか?
 仕事で初めて日本を訪れたときに、「母の生まれた日本に帰ってきた!」というノスタルジックな気分になるだろうと期待していたらしいが、実際はあまりにも自分と違う国民性にショックを受けたそうだ。「やっぱり地球の反対側だからね! @@@@@@@!」。
 母トミエさんを日本人だなぁと感じるときはどんな時だと聞くと、「時々ポルトガル語がわかんなくてね! $$$$$$! 英語で説明するんだ%%%%%!」と笑った。オオタケ家では、母は大抵日本語で話し、息子は主にポルトガル語で会話する。そんな何カ国もの言葉がまじった会話で溢れる家庭がブラジルには無限に存在する。
そしてそれは言葉だけでなく、文化や習慣など全てにおいて言えることだ。なぜならブラジルは何もかもが混ざり合っているところだから。
 「純血な人はどんどん少なくなるだろうし、それが自然なんだ。わたしはナショナルな文化が淘汰されていくことをちっとも惜しいとは思わない。なぜならまた新しいミックスの文化ができて、それはそれで素晴しいものに違いないからだよ。何より戦争が少なくなるだろうね! 国の対立、人種の対立が減るんだからさ!」。
ヒカルドは断言していた。そしてまたいつものように笑った。こんなにもはっきりと、そして明るく、戦争が減ると言い切ってしまう人に会うことは珍しい。なんと頼もしい怪獣なんだろう!
 「そんなに混血が進むと、日本人顔の日系人も100年後の移民200周年のころにはいなくなっちゃいますね!」と言うと、「100年後には日本にも日本人がいないさ!」とさらに声のテンションが上がる。


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 その後もブラジルのアート界についての話をたっぷりとしてくれた。すべてを紹介できないのは残念だが、いかにもブラジル的だなぁと思った話がある。ブラジルにはポピュラーアートと呼ばれるものがあって(注:もちろん、いわゆるポップアートとは違う)、そこにはアート界に収まらない表現者がたくさん存在する。字も書けない。アートの勉強もしていない。そもそもアーティストを目指しさえしていない自由で才能豊かな者たちを見守り、受け入れる土壌があるのだ。そのためにブラジルのアート界の裾野は限りなく広い。とかく閉鎖的な世界のアート界とは対照的だ。ここでも混ざり合いが日々進み、新しいものが生まれ続けているのだろう。


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 僕はそんなブラジルの寛大なメンタリティに物凄く影響を受けている。歩み寄る者に対して〈WELCOME!〉以外の答えはないのだ。
 話がそれてしまったが、今日の主役は怪獣だ。僕はインタビュー後、ポートレイト撮影のために怪獣とインスティテュート内を探検した。怪獣は直立するといつも左へ傾いていることに気付いた。そんな姿が僕にはたまらない。
 それに怪獣はほとんどまっすぐ歩かない。右へ左へ寄り道しては、社員へ仕事の指示をだしている。身振り手振りが大きい。あるときは階段の3階から地上階の作業員に話かけるもんだから、話かけられた方はあっけにとられていた。
 歩きながらの会話は何度となく横道へそれ、僕が忘れたころにちゃんと帰ってくる。彼は天才だ。
 寄贈され大切に展示されているライカも怪獣にとってはオモチャに過ぎない。


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 探検に飽きた怪獣は僕らを向かいのカフェに誘ってくれた。よっぽど行き着けなのか、カフェの店員もお客さんもみんな怪獣に挨拶をする。「チョコレート好きですか?」とよれよれの日本語で聞いてきた。チョコはどれも高級であきれるほど値段が高かったが、怪獣はさらにあきれるほど大人買いをして振舞ってくれた。そのチョコはあまりにも美味しくて笑いが止まらない。そんな僕らの姿を見た怪獣が、突然アシスタントの弥生から僕のサブカメラを奪い取ってこちらに向かって構えた。そのカメラにはズームレンズがついていてその時は最も望遠側になっていたため、僕ら3人がフレームに収まらない。怪獣はのけぞるように無理な体勢をしてなんとか撮ろうとしていたので、「It's a zoom lens!」と言ったら、
 「I know.」とつぶやいてシャターを1枚だけきった。


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  本当に素敵な時間だった。予測不能なスリルも十分に味わった。
  お別れする前に大切なミッションがある。
  「トミエさんに会いたい!」。
 現在個展に向けて作品制作の最後の追い込みをしているから難しいとすでに一度取材を断られていたので、直接息子の口から頼んでいただきたいとお願いした。しかし「今トミエに会うことは本当に難しい」と言われてしまった。残念だったがその日は怪獣の思い出とともに帰路についた。


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 怪獣はその後も何度か僕に連絡をくださった。トミエさんの作品が東京都現代美術館に寄贈される記念セレモニーに本人の代理として来日したときも招待していただいたので、好物のヨックモックを手土産に会いに行った。多くの関係者が集まる盛大なセレモニーだったが、その途中で怪獣は僕の方に歩いてきて耳元であることをささやいた。普通に爆弾発言だったので、ここではお伝えすることができないが、本当は書きたくて書きたくて仕方ない。


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 東京での再会から更に1年後、スパイク・ジョーンズの映画『かいじゅうたちのいるところ』のプレミアを見に行ったときにふと彼のことを思い出した。

 ブラジルアート界の重鎮ヒカルドを怪獣と呼ぶ僕の原稿を関係者が読んだらきっと激怒するに違いない。

 ありがとう、ヒカルド。
 Abracos,

 Mizuaki

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