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釜ヶ崎連続WEB小説

第八回「隠せない」

文・安藤久雄
写真・若原瑞昌


都市型遊園地「フェスティバルゲート」の解体が始まった。様々なカップルの思い出の 詰まったジェットコースターもいよいよラストラン。45秒間で覚醒するラブストー リー。

kamagasaki8.jpg

 わたしはまた、見られてる。
 そう思った途端、手に持って磨いていた小さなビリケンさんを、危うく取り落としそうになった。
 土産物の陳列された棚越しに、囲いを取っ払われたフェスティバルゲートの隙間から見える一軒のオフィスビルの屋上に目を凝らしてみるが、裸眼では人影があるのかないのかすらわからへん。
 どんだけ度がきついのか知らんけど、相手は双眼鏡という武器を持ってる。ただわたしを見るためだけに、わざわざ買うた代物。ほんま、どあほや。
 
 フェスティバルゲートの解体工事は、一週間くらい前から始まった。
 フェスティバルゲートは、中央の遊園地を囲うように、様々な店舗の入ったビルが外壁を成す形で建っており、まずはそれから壊されていった。
 長くて大きな鉄の手が、メリメリと囲いを剥いでゆくほどに、今まで隠れてた向こう側の街が、姿を露にしていった。
 その街には、幸か不幸かわたしの彼氏がおって、彼氏の会社の入ったビルから、わたしが売り子をしてる通天閣の展望台が見えるようになったその日のうちに、彼氏はビックカメラへと自転車を走らせた。
 次の日から、彼氏が休憩時間の度にメールを送って来るようになった。
 ――こっちを睨みつけてみい――
 ―― ビリケンを顔の横に持って、ニコッてしてみい ――
 幸い売店はわたしひとりに任されていたから、そのくらいは簡単やった。
  ――売店から出て、棚の商品を直しに来てみい ――
  ―― そのパターンで、今度はこっちを振り向いて、睨みつけてみい ――
  ―― そのパターンで、今度はお尻をぷりっぷりって振ってみい ――
 お客さんがいなくなるのを待って、そのくらいも何とか出来た。
   ――ほな売店を離れて、こっちの手すりまで来てみい ――
 ごみを拾いに行くふりをして、どうにかこうにかやってみせた。
  ―― ほな今度は、手すりに胸を軽く当ててみい ――
 ......。
  ――--できひんのん? ほな売店の脇でええし、ちょっとスカート捲ってみい ――
  わたしはすぐさま彼氏がいるであろう辺りを睨みつけた。でもそこにはお客さんの顔があり、売店に来ようとしていたそのひとはわたしの形相に一瞬立ち止まり、いそいそと逃げるようにしてどこかへ行ってしまった。
 取り繕う余裕もなく、わたしは携帯のボタンを、シューティングゲームをするコントローラーかのように叩きまくった。
  ―― おまえは猫か! みいみいみいみいうるさいんじゃどあほ! おまえみたいなド変態いまこの瞬間に別れたる! それが嫌ならおまえがパンツ見せてみい! ――
 と、そのメールを送りつけたのが昨日の三時で、それからお昼になったばかりの今までは、携帯は押し黙ったままぴくりともしない。
 もともと見せかけばかりのただのへたれで、わたしが怒ると何も言えへんどあほだが、このわたしが別れるとまで言ったのに、今の今までごめんねのひとつもないとはどういうこっちゃ。
 だんだん腹が立ってきて、もう一度よく、ビルの屋上に目を凝らしてみる。
  「ねぇねぇ、お姉さん!」
 うわっ、びっくりした。慌てて視界を戻してみると、棚から身を乗り出すようにして、賢そうな顔の坊やが満面の笑みでこっちを見てる。
  「なあに、坊や?」
  「いまお姉さん、ジェットコースター見てた?」
  「え? あぁ、うん。」
  「僕ね、前にお母さんと乗ったことあんねん。」
  「そう。よかったね。」
 そうゆうたらわたしも、付き合いはじめたころ彼氏と乗ったなぁ。
  「ねぇ、あれまだ走ってんのん?」
  「うん。ほかのんはもう動かへんけど、ジェットコースターは走ってるはず。」
  「やって。お父さん、今日乗って帰ろう!」
  「お、おう。」
 あぁ、そのひとお父さんやったんや。すっかりお爺ちゃんかと思ってた。
  「てかぁ......。」
  「ん? どうしたん、お父さん?」
  「いや、あのちょっとした人だかり、なんやろなぁと思うて。」
  「ほんまやね。お父さん、ちょっと行ってみよ。」
  「あぁ。」
  「ほなね、お姉さん!」
 と、親子連れの向かったその先には、確かに5、6人の人だかりができていた。気になったけど、わたしは持ち場を離れられない。
  「お姉さん! お姉さん!」
 坊やが人だかりから少し離れて、状況を説明しようとわたしを呼んでる。
  「なーにー、坊や!」
  「パンツ! パンツ一丁の男が、こっちに向かって叫んどる!」
 胸騒ぎがした。けどあのへたれがまさかそんな......。けど胸騒ぎは止まらへん。わたしはついに、走り出した。

 通天閣のすぐ下のビルの屋上、男はパンツ一丁で、自分のスーツを物干竿に括り付けて作った旗をぶんぶん振りながら、こっちに向かって何やら叫んでる。
 男はまさに、どあほやった。
 男が旗を捨て、パンツの中から出した何かを、手の中でいじりはじめた。
  「メール......?」
 と、隣で見ていた坊やがつぶやいた。
 しばらくするとどあほが顔を上げ、幼稚園児がたけのこの真似をするように、繋いだ両の手をこちらに向けて掲げた。
 次の瞬間案の定、わたしのポッケが、ブルルル、ブルルル、と震え、わたしはみんなに気づかれないよう、そうっとそうっと携帯を見た。
  「ねぇねぇ、お父さん、同僚の刑事に連絡せんでええのん?」
 と、再び旗を振り叫びはじめた男を見ながら坊やが言った。
 父親は、携帯を見てるわたしをちらっと見たあと、
  「愛の告白は犯罪にならんやろう。」
 と、少しニヤつきながら言った。

 廃墟と化したフェスティバルゲートのジェットコースターの発着場は、夜中やったら銀河鉄道が降り立ちそうな、なんとも言えへん幻想を抱かせた。
  「あー、お姉ちゃん! と......、ん? なんやどっかで見たことあるような......。」
 と言って坊やは、わたしの横でもじもじしてるどあほをまじまじと見た。
  「坊や、このジェットコースター、この滑走でおしまいなんやて。」
  「え、ほなもうこれ、明日からは走らへんのん?」
  「うん。」
 「ふーっ、よかったねお父さん、お母さんの乗ったジェットコースターに最後に乗れて。」
  「うん、よかった。」
 あー、こっちもよかった、どあほの正体が坊やにばれなくて。
 ジリリリリリリリリリリリリリリリ......。
  「あ、もう出発や。お父さん、一番前に座ろう。」
 と、手を引かれて歩き出した父親だったが、何かを思い出したように立ち止まり、コートの内ポケットから出した定期入れのようなものを、先に座ってた坊やに手渡し、そして何やら耳元で告げた。
  「ほなわたしたちは一番後ろに座ろうか?」
  「うん。」

 結局ジェットコースターに乗ったのは4人だけやった。坊やも父親から定期入れらしきものを受け取ってから、うんともすんとも言わなくなった。静かなまま、ひとの匂いの消えた暗い場内を滑っていると、深海をゆく鯨のような気分になった。そして海面からのジャンプ。無数の街の灯が、流星となって夜空を駆け巡り、冷たい風が、ほどよい闇が、わたしの胸をやさしく撫でた。
 ふと肩を突つかれて横を見ると、どあほが双眼鏡を手に、神妙な面持ちでわたしを見ていた。そして顔を近づけてきて、「ごめんな。」と言うと、双眼鏡をポイッと捨てた。それと同時にジェットコースターが弧を描いて急降下し、闇に呑まれて消えてゆく双眼鏡が見えた。
 
 プシューと音を立て、安全バーが持ち上がっても、わたしの視界はぽわーんとしていた。それでも父親に肩を抱かれて歩いてゆく坊やを見つけて、「坊や! またね!」と声をかけると、坊やはゆっくりと振り返って大きく頷き、小さく手を振って去っていった。暗くてようわからへんかったけど、わたしには坊やが泣いてるように見えた。
  「さ、俺たちも行こう。」
 見上げると、発着場に立ったどあほがこちらに手を差し伸べていた。
  「うん。」と手を握り、発着場に引っ張り上げられたわたしは、「なにこれ?」
 と言って手の中を見た。
  「結婚してくれへんか?」
  「へ? ほんでこの指輪?」
  「うん。」
  「うんやないわ、どあほ! 誰が婚約指輪に大きさ調節できるのんを贈るねん!」
 と言いつつも、この指輪、さっきの流星をはめ込んだみたいでむっちゃ綺麗やなぁ、と思っていた。




■過去連載記事:
第一回「脱げない」
第二回「消えない」

第三回「覚束ない」
第四回「浪速クラブ」
第五回「喫茶カローラ」
第六回「手が出ない」
第七回「ホーリーない」




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