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釜ヶ崎連続WEB小説「飛田新地」

第一回「脱げない」

文・安藤久雄
写真・若原瑞昌


大阪は新世界に拠点を置き活動する作家、安藤久雄による短編小説。伝説の遊郭、飛田新地に通う刺青を背負った男と、ある秘密を持った猫の物語。

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 「なんや、ねこかやないか」。
 ふん、鼻が性器みたいに赤くなった下衆なあんたに、そないな言い方されたないわ。あんたらみんな馬か鹿。筋肉ばっかで固いだけ。あちきみたいにしなやかでふわふわなもんからしてみたら、ここ飛田から見上げる三等星ほども遠いいきもんやわ。言うとくけど、夜の飛田は光の潮流。そやからどれだけ目を細めてみたかて、二等星でも霞んで見えるっちゅう話や。たかが、にんげんやないの。しかも、おとこやないの。そない偉そうにせんといてや。それにしても今夜は冷えるわ。あの牝豚の、饐えた臭いのするこの電気毛布かて、ほんまに電気が通ってるんか疑わしいくらい。
 「へっくしょっん」。
 みゃっ。......ちょっと、あちき、大きな音むっちゃ嫌やねん。そういうのほんまやめといてんか。
 「ひーっくしゅん」。
 みゃっ。......ちょっと、ほんまひんしゅくー。こない寒いに日になんでわざわざ服を脱ぎにくんねん。あんたらの性器かて、嫌や嫌や、て皮にもぐりこんで青ざめてるやないのん。鼻の方がよっぽど赤くて、よっぽど大きいやないのん。
 「ぶっ......、ぶぇっくしょん、ぶぇっくしょん、ぶぇっくしょーん」。
 あっ......、はじまった。
 「ぶぇくしょん、ぶぇくしょん、ぶぇくしょん」。
 阿呆や。ほんま阿呆や。なんでそないにま○こ好きやねん。しかもあんな牝豚の......。
 「ぶっ、ぶっ、ぶっ、ぶっ、ぶぇくしょーん」。
 あぁ......。もうほんまやめて。

 あいつは丹頂ていうポマードが好きで、そやから一年中、夜露に濡れた夏草のような髪の毛をしとった。冬、布団の中でそれを掻きむしると、埃を吸って凍ったしーんとした匂いが溶けだして、頭皮で眠ってたけものの臭いが目を醒ました。あちきはその匂いと臭いが交わる瞬間を、世界でいっとう愛しとった。
 あいつの背中には獅子がおった。その脚は大地を剥ごうとばかりにいきんでいたけど、それを宥めるように牡丹が咲いとった。皮膚に細い蛇が這う熱帯夜かて、皮膚に亀裂が走る凍った夜かて、それは凛と立っとって、あちきの尖った爪でいくら引っ掻いても血が滲むだけで、決して倒れることはなかった。あいつをさらの裸にはできひんかった。そやからあちきは世界でいっとう、牡丹のことを憎んどる。あいつの背中に唐獅子牡丹を擦り込ませた、高倉健よりも遥かに。

 「ぶっ、ぶっ、ぶっ......」。
 「ああぁ......」。
 あいつはいま、牝豚のま○こを舐めとる。ひどい猫アレルギーに必死で堪えて、医者みたいなマスクで鼻だけ隠して。阿呆や。昔っからほんま阿呆や。
 あちきのおま○こはいつでもひりひりしとった。あいつが夜な夜なねぶり倒すからや。それやのにあいつは笑った。なんやその変な歩き方、て、げらげら腹を抱えて笑い倒した。あんまり笑うもんやから、あちきもついつい怒るのを忘れて、笑った。ひりひりもげらげらも、世界で唯一のふたりの証しやと思うとった。
 あちきが入院して、顔も軀もからからに渇いたって、あいつはそれをやめへんかった。もう歩くことができひんくて、あいつがあんまり笑わなくなって、そやからあちきは、ごめんな、て。そしたらあいつ、お前の代えはおれへんのやから、はよう立ってくれや、て。それやのになんや。そのへんてこなマスクはどうゆうこっちゃ。あちきが死んでからあんた、これで何人目の代えやねん。
 「ぶっ、ぶっ、ぶっ」。
 死ね。豚マスク野郎。


 「待たしたな、ちゃーちゃん」。
 ふん、別にお前なんや待っとるか、ぼけ。て、こらこら、寒いねんから抱き上げるな、いうねん。
 「たかいたかいたかーい。ほら、あんさんもやってみて」。
 「え、ぶっ、ぶぇっくしょっーん」。
 阿呆や。こないな牝豚に弄ばれよって、ほんま阿呆や。
 「ぶっ、ぶっ、ほなきょうは触ってみるわ」。
 え、触るんか。あんたこない牝豚のために無茶すんのかいな。て、なんやのんその目。あちきを誰やと思うてんのん。あんたの元嫁でっせ。そないなこともわからんと、腐ったたこ焼きを取るように手を伸ばしよって。もう、堪忍ならんわ。
おとこならもっとしゃんとせい。昔のように触ってみせい。
 「ぶっ、ぶっ......、やっぱまた次にするわ。ぶぇくしょん」。
 「あ、そ。ほなまた来るってことやねんね」。
 「ぶっ、うん。ほな帰るわ」。
 「はーい。毎度おおきにー」。

 あいつの背中、あちきと変わらんくらい曲がっとった。それでも牡丹は、いまでも凛と立っとるんやろうか。あぁ、あんな阿呆やのに、あちきのこの手で脱がせて見たい。て、阿呆はこっちや。あちきにはもう、脱がせる手もなきゃ脱ぐ服もない。        



安藤久雄 Hisao Ando 
多摩美術大学二部映像コース卒。数々の自主映画、写真、イラスト作品を手がける。『一人デモ』が2003年、山形国際ドキュメンタリー映画祭・日本パノラマに招待される。平成19年、 写真集『うさぎ小屋のひみつ』を出版し、同年NGOMA"voodoo eyes are shut"のPVを監督。昨年から大阪の新世界に拠点を移し、フリーライターとして活動中。大阪は通天閣のお膝元、なにわっ子なら知る人ぞ知る大衆演劇小屋「浪速クラブ」に突撃撮影に来た若原にナンパされ、今回の執筆に至る。





           

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