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光のちから

中村裕樹 × 井上由美子

Text by Kazuki Hoshino


『スワロウテイル』をはじめ数々の映画作品を手がけ、「光の魔術師」の異名をとる照明技師・中村裕樹。カメラマン・井上由美子も、中村のマジックに魅せられた一人である。ムービー、スチールの舞台で「光」をライフワークとする二人に「光の持つ力」、そして「表現の力」について語ってもらった。

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井上 7年ほど前、フォトグラファーとして独立してすぐに、俳優の永瀬正敏さんから『私立探偵濱マイク』というテレビドラマのスチールを1年間やらないかとオファーをいただきました。全部で12組の撮影チームがあって、その中の一つの照明技師をされていたのが中村さんだったんです。そのチームの撮影期間中10日間現場を見て、すべてに感動しました。

中村 あの時は、横浜のとあるビルの屋上に探偵事務所のセットを立てて撮影していた。ドラマは全部で12本あったけど撮影チームがいくつかあったので、組ごとにライティングの違いが顕著だった。部屋のライティングはパターンやセオリーがないから、個性が出るところだと思うんです。美術は一緒ですが、ライティングとショットでまったく違うものに見えてしまう。

井上 でもあとでテレビを見てみたら現場の方がずっと美しかったんです。

中村 映像にとらえられてないということ?

井上 いや、現場での感動の方が大きかったということです(笑)。たとえば床に座っている人がいて、天井に大きな羽の扇風機がゆっくりと回っている、その影が床に落ちて動いている、とか。言い出したらきりがないんですけど。

中村 カット毎に、なるべく修正しないように室内をひとつの空間としてライティングする。で、どこを切り取るかは、撮影する人の判断になる。

井上 中村さんがライティングするときは部屋がひとつのステージのようでした。役者さんが自由に動きまわれるステージが、光で照らし出されていた。そこに役者さんを招き入れる。かと思うと、海の向こうのビルの屋上から、対岸のセットに大型のライトを当てるというド派手な演出がされていたり。

中村 そんなこともやってましたかね。

井上 探偵事務所のような繊細な表現もあれば、そういう大規模なライティングもあったり。私は写真スタジオで修業をして独立したのですが、あそこまでの規模のセットを見たのは初めてでした。こんなふうに光を使って、いいシチュエーションをお膳立てできたらどんなに素敵だろうと、すごく影響を受けました。

中村 つまりセットだろうがロケだろうが、役者がその場所に来てまさにその雰囲気にいるんだと思わせるセッティングをするのも照明の重要な仕事だと思うんです。そのためには、たとえば遠い所からライティングしてライトを意識させない、その現場が俳優にとって自然に見え、その空間で自然な演技ができる。それが一番いいんだけど、ライトの光量を遠くから持ってくるから、機材が大きくなったり手間はかかる。

井上 制作の偉い方に数々の伝説を聞いてます(笑)。

中村 そういうのは全部嘘ですから忘れてください(笑)。僕はその作品の予算も考慮してるし時間も意識しています、ぎりぎりは突いているかもしれないけど。それを成立させるには、優秀な助手と入念な準備が必要なんだけど、理解してくれないこともあるのかも?


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ⓒ2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース フジテレビジョン



井上 中村さんの現場を体験して感じたのは、繊細な表現のシーンも含めてとにかくドラマチックだったということです。中村さんのライティングの原点はどこにあるのですか?

中村 '85年公開の『MISIMA』という、三島由紀夫の映画ですね。監督がポール・シュレイダーで『タクシードライバー』の脚本を書いた人です。製作総指揮が、フランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカス。 美術は石岡瑛子さんが手がけていた。 三島の生涯を、『金閣寺』『鏡子の家』『奔馬』の三島作品を交えて描かれたものです。全部日本での撮影で、 照明も日本のチームがやっていた。当時僕はぺーぺーの照明助手として携わっていました。まず、石岡さんのセットがとんでもなく凄いものでした。それまでは照明のセオリーに沿って進めるのが優秀な仕事だと思っていましたが、彼女の自由な発想は、すべてが斬新だった。ショックを受けました。

井上 撮影監督はアメリカの方ですよね。

中村 そう。ジョン・ベイリーという撮影監督、彼はたとえば日本家屋の光の入り方を体験してない。だから、日本人の照明技師、下村一夫技師に日本家屋の光のあり方を質問していたりしていた。当時僕は、カットグリップといって、ライトをつける係じゃなくて、ライトがついたら余分なものを消していく係だった。その撮影では、切るフラッグの種類もサイズが決まってたり、ライトの光量を落とすのにもネットがあって、シングルネット、ダブルネットとか、機材が驚くほど合理的にできていて、アメリカ映画の現場じゃないとそういうものは見られなかった。それまでは光量を落とすといっても、目分量でパラフィン紙を貼ったり、いいかげんと言えばいいかげんだった。そのあたりから日本の撮影、とくにライティングの機材は変わっていったと思う。

井上 どんなセットだったんですか?

中村 石岡さんが現場に来て、東宝撮影所の大道具さんに口頭で指示するんだけど、かなり大変だったらしいですよ。金閣寺のシーンでは、東宝の一番大きいスタジオに実際に金閣寺が建って、真っ二つに割れるの(笑)。その割れ目からカメラが入っていく。

井上 かっこいい!

中村 そりゃかっこいいんだけど、作る側は大変ですよ! だけど無難な発想からは大胆なイメージはつくれないんだろうとペーペーながら感じた。それをつくるためにどういう苦労があるかわかり過ぎると、そこまで発想できなかったりとか。

井上 その苦労は想像したくないですね(笑)。


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ⓒ2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース フジテレビジョン



井上 中村さんにとっての自然光とは? おそらく自然光の質感をつくるために、遠くからライトを当てたり、高いところにクレーンで照明をもっていったりしているのではと思っているのですが。中村さんの映画を観ていると、アイデアも、影の使い方も自然の中にあるものですよね。

中村 自然の中にすべて答えはあると思います、特に映画は真実を伝える仕事だと思うから。狙った自然光で撮れれば一番いいんだけどね。でも、自然光は刻一刻と変わるから、映画の撮影でそれをとらえるのは難しい時もある。

井上 たしかにそこはスチールとムービーの違いかもしれません。私は自然光が好きなんですけど、もちろん準備やチェンジの時間で撮り損ねることもありますが、今窓から強い光がきていて、ここに硬い反射がきているから、その周辺で撮っちゃおう、という感じで動くことができる。そういう偶然の瞬間を見逃したくないですね。

中村 狙った自然光になればそれに越したことはないけど、映画の撮影はそうはいかなくて、曇っても台本に「晴れた」と書いてある。少なくとも晴れでなくてはいけない芝居になっていると、晴れにしなくてはいけない。太陽がある時間に撮れればいいけど、カット数もあって夜まで撮影しているわけですよ。それだったら自然光に見えるものをつくれば、長時間撮影できる。

井上 そうですよね。たとえばたくさんの仕事をやられる中でブームってあるんでしょうか。それともいつもゼロから構築しているのですか?

中村 まず芝居を見て、ゼロから考えて照明をつくる仕事が面白い。このあいだ、Q;indivi(キューインディビ)の『ACACIA;』という曲のPVをやった。綾野剛という俳優が「世界中の悲しみを背負って、六本木や青山を夜走る」という設定だった。一晩の撮影で、ほぼゲリラのような撮影でした。その瞬間になにが面白いかを感じ取って、実現化する。たとえば、この通りは光もいいしここでいこうか、みたいな。で、監督が言った。「世界中の悲しみを背負ってるから、普通に歩いてたらおかしいよね」と。車道を歩いたほうがいいと。

井上 いいっ!

中村 そりゃかっこいいんだけど、でも車たくさん走ってるから危ないんだよ! でも、どこかに渋滞するところがあるはずだから、車が止まってる状態で綾野君を逆走させようと。何秒車が走って、何秒車が止まってる間に走って、何秒ではけるのかを計算した。もし警察に捕まったら、プロダクションのスタッフをおとりにしてして逃げようと(笑)。安全確保して逆走しても、でも、バイクが予想外にくるんです。なので最終的に右折と左折が入り乱れる交差点を見つけてそこを走らせた。まず事務所に怒られそうなものだけど、綾野君は文句一つなくやっていました。いい俳優でした。その現場は計算された撮影ではなかったけれど、力のある映像は生まれた。自分をゼロにすることが必要な時もあるんですね。

井上 CMはコンテがあってキッチリしていますが、映画は現場の状況に応じて動かれますよね。PVはさらに瞬発力が要求されるということですね。

中村 その現場はそうだった、何一つ同じ現場はないし、過酷な現場でも自分の仕事として残る以上、ベストをつくすべき。一番恐いのは、現像所の試写室でラッシュを見せられる。自分の仕事が何テイクも流れる。そのときに「ヤバイ」「失敗した」と思うことなんです。現場で何日も寝ないでやってると、助手に手間のかかることを要求することが、非情だと思われる瞬間もあるんですよ。みんな疲弊しきってて。だけど一番情けないのは撮ったものがそれに負けて不本意だったとき。その瞬間は辛いけど、助手だっていい映像をつくりたいと思っているはず、そこで笑えば苦労は吹っ飛ぶはず。人様に観せる映像だから瞬発力も含めてその場でやれることを最大限やるべきだと思います。

井上 わかります。私もそれで凹みます。時間とか、被写体やスタッフに妙な気を使ったりとか。でもそればっかりだとそれぐらいのものしかつくれないし、積み重なって「それぐらい」の作家になっちゃうのは怖いです。気をつけないと。


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ⓒ2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース フジテレビジョン



井上 中村さんの美しいと感じる光はどういうものですか?

中村 力がある光。たとえば写真でも、絵でも、映画を観てても、力があるものだけが意識に残るんだと思うんです。どうしたら力強いものになるか、記憶に残るものになるのかのノウハウはない。でも映像をつくる人間は、そこに対して考えたり努力しない限り「力」は生まれない。逆に力がないものはすぐわかる。いい加減にやってるんだろ、と。「セレンディピティ」という言葉があるんですけど、何かを求めて努力していると偶然まったく違う価値のあるものを発見するという意味らしいけど、僕の美しいと感じる光はそれに近いのかもしれない。 

井上 私は中村さんの仕事に出会ってからインスピレーションをたくさんもらいました。そしてより光を意識して写真を撮るようになりました。そして今は光ばかりを追いかけていた時代が終わり、モデルの女の子をもっと美しく魅力的に撮れるようになりたいと思うようになりました。中村さんの現場で感じたことを思い出すと、 彼女たちにどれだけ気分よく、なりきって写ってもらうか、という現場の演出ができるようになりたいです。そういえば、『CUT』で渡部篤郎さんの撮影のライティングをやられたことありましたよね? 

中村 8年前ですね。『スワロウテイル』をやらせてもらって、出演していた渡部篤郎さんに気に入っていただいて以来、なにかと仕事に誘ってくれた。カットの仕事も彼から誘ってもらいました。映画のライティングで写真を撮るのがテーマだったんだけど、映画用の機材と電源車をもってくると、かなり予算がかかる。表紙含めて6~8ページあったんだけど、もちろんそんな予算はない。だけどどうしてもやりたいということだったので、僕が機材屋と交渉して協力してもらいました。でも『CUT』でストロボじゃない撮影は画期的だったと思いますよ。

井上 素敵でした。ストロボであんな光はでませんよね。そういえば、現場の窓ガラス、中村さん割りましたよね? 後日、私もその現場に撮影で行くことがあったのですが、オーナーさんが掲載号を見せてくれながら話してくれたんです。その照明技師さんが「窓割ってもいいですか」って言うのよって(笑)。

中村 そんなこと言ってないと思うけどなぁ。人の家の窓は割ったりしないですよ......。

井上 将来そういうことがあったら、そういうふうにすればいいんだと、クリエイションのためなら(笑)。オーナーさんも、それを見て「楽しかった」と言っていましたし。でも、確信がないとダメだし、私にはきっとまだできませんね。


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ⓒ2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース フジテレビジョン



井上 私、中村さんのサーチライトが大好きなんです。

中村 サーチライトはものすごく強い、部分的な「ハイ」がつくれるんですよ。バルブが剥き出しで、熱がすごいので、ファンが回ってるんですよ。かなりうるさい。だから映画の撮影では録音部が毎回警戒するんです。で、毎回問題になる。ある作品で日活撮影所に最初に行ったら、録音部が機材について話し合いを持ちたいと言う。「中村さんはサーチライト使うんですか」「使うよ」「ファンは止められないんですか」「止められない」と。

井上 止めると大変なことになる?

中村 止めたら高熱を発して光が消えてしまう。録音に迷惑かけるのはいけないんだけど、サーチライトの質感はアレでしか得られないわけで、絶対やめられない。音はどうにかなるだろう、でも映像はどうにもならないぞ、と。でも、無理を通しすぎるのもよくないので、考えました。で、サーチライトは光が直線に進んで離れても光量は変わらないので、セットの外の遠くにサーチライトを置いて、セットの中の鏡に光を当てて、反射させて当てるやり方を発明しました。でも、いまだに録音部の会合では、中村を殺るヒットマンを誰にするのか話し合ってるらしい(笑)。

井上 命懸けですね(笑)。でも普通は録音部を敵に回してまで使わないですよね。

中村 ミラーにしたお陰で音の問題は少なくなった思います、それに重いライトを上にあげるよりも、ミラーの角度だけ調整すれば的に当てられる。でも微妙な調整があって、当たってほしいところにピンがなかなかこない。扱いは慣れないとかなり難しいです。

井上 実際どういうふうに使うんですか?

中村 たとえば、サーチライトの強い光を物体に当てると、反射で柔らかい光や色を得られる。布団が敷いてあって人が寝ている朝のシーンで、カーテンが締まっていて、その隙間から一筋の光が布団に当たって顔に反射する。サーチライトとミラーさえあれば特別な光がつくることができる。

井上 そのサーチライトの反射のような方式で、私が自分で好きなのがこの写真です。自然光ですが。きっと影響されているんだと思います。


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Photograph by Yumiko Inoue



井上 最近はどんな作品をやられましたか?

中村 12月公開の『ノルウェイの森』です。 監督がフランス人のトラン・アン・ユン氏で、撮影監督は台湾のリー・ピンビン氏だった。

井上 日本人スタッフと比べていかがでしたか?

中村 アメリカもヨーロッパも、撮影監督がライティングもやるシステムなんです。今回は、前に一緒にやったことのあるリー・ピンビン氏の指名で、氏とは信頼関係があったのですが、監督は僕のことを最初は知らなかった。実はリーさんの来日が撮影直前で、ロケハンは彼なしでやることになったんですが、僕が監督に、ここはどういうアングルでなにを撮りたいかを聞いても、彼は「カメラマンが来てから決める」の一点張りだった。それによって使う機材も変わってくるのに。システムだからしょうがないんですが、つまり彼は僕のことを知らないし、認めてないわけです。最終的に、この人に自分のつくる光で心から信頼を得て、認めてもらうしかないと思いました。『ノルウェイの森』は、'69年が舞台なので、ほとんどの街中ではロケができない。自動販売機とか現代のものがあるだけでだめなんです。だからセットでの撮影がおのずと多くなった。いろいろ大変な準備がある中で、とうとう撮影が始まりました。3つぐらいセットをこなしたとき、「撮ったものをフランスの編集マンに送ったら『YUKIセットで撮ったものが素晴らしく美しい。これは絶対セットじゃない』と言うんだ」とトランが興奮して話すんです。僕はそれを聞いてしてやったりと思いました。そして今では今後の作品も一緒にやりたいと強く信頼してくれる関係を築くことができました。

井上 それは素晴らしいです。これがきっかけで日本人の技術をしらしめるきっかけになるといいですよね。心より作品を楽しみにしています。



中村裕樹 Yuki Nakamura
映画照明技師。大林宣彦監督作品でチーフ昇格。北野武監督作『その男、凶暴につき』でのチーフを最後に独立後、ハスケル・ウエックスラー撮影による米映画『ベニーカータープロジェクト』で映画デビュー。大林宣彦監督作『はるかノスタルジィ』で日本アカデミー優秀照明賞、岩井俊二監督作『Love Letter』で照明協会特別賞、同監督作『スワロウテイル』、行定勳監督作『北の零年』、『春の雪』で日本アカデミー優秀照明賞、同監督作『世界の中心で愛をさけぶ』で日本アカデミー最優秀照明賞受賞。JRAのCMで日本照明協会最優秀照明賞。その他手がけた主な作品に、中田秀夫監督作『怪談』、長澤雅彦監督作『夜のピクニック』、エドワード・ズウイック監督作『ラストサムライ』、森淳一監督作『重力ピエロ』、青山真治監督作『サッド・ヴァケーション』などがある。





■『ノルウェイの森』
1987年の出版以来、現在までに36言語に翻訳された、村上春樹の同名小説が、『青いパパイヤの香り』、『シクロ』、『夏至』を手がけたトラン・アン・ユン監督によって映画化。12月11日より全国東宝系でロードショー。

監督・脚本:トラン・アン・ユン
プロデューサー:小川真司、亀山千広
原作:村上春樹
2010年日本映画
映倫区分:PG12
配給:東宝
http://www.norway-mori.com/





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